プロテノバ株式会社
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−2009年7月7日 日本薬学会会誌「ファルマシア」 Vol.45 No.7 2009 p.705 より−



ベンチャーだより

「ものづくり」ベンチャーをめざす


プロテノバ株式会社
代表取締役社長
真島 英司


製薬会社からベンチャーへ
タンパク医薬の開発に従事していた大塚製薬工場を1990年に退職し、設立間もないアプロサイエンス社に入社したのがベンチャーと深く関わるきっかけとなった。 転職後、幸いにも博士課程へ進学する機会を得た。 そのときの徳島大学薬学部長をされていた寺田 弘教授(現東京理科大学)との出会いと研究生活は、後のベンチャー人生にとって非常に大きな財産となった。 大学院を修了後、創業5年目の会社は資金難に陥っていた。

ベンチャーの時代
その後、若手技術員とパート社員の3名で再出発することになったが、すぐに収入を得るためには技術としてあったアミノ酸配列分析の受託しか方法はなかった。 事業は初めての経験であったが、他ではできないことをやろうと考え、タンパク質解析の周辺技術の高感度微量化に徹底的に取り組んだ。当時は、幸いにも技術開発の時間だけは充分にあった。 世の中はゲノム解析フィーバーの時代である。地道なタンパク質解析はニッチな領域であったが、競争が少ないニッチ市場での事業化はベンチャーにはよかった。 その後、ゲノム解読と質量分析の技術革新により世の中はプロテオーム時代となり、創薬ターゲットとしてのタンパク質の解析は脚光を浴びることになる。 装置メーカーやベンチャーが新規参入する激戦区となったが、いち早く質量分析を導入して受託事業の幅を広げたことで市場での有意性を保つことができた。

新ベンチャー設立
社長まで勤めた会社ではあったが2005年に退職し、ベンチャーを立ち上げる決意をした。 これまでの経験から、受託サービスは短期間に収入を得るにはよいが、新しい技術の誕生で市場が大きく変化するリスクを伴う事業である。 以前から「ものづくり」にこだわりたかったこともあり、新会社では「ものづくり」を中心とした事業計画を立てることにした。 創業にあたっては、資金集め、場所選び、ビジネスプランの作成などで多忙の日々であった。 だが限られた経営資源の中で研究開発から事業化までの資金繰りは容易ではない。 幸いにも、研究開発資金は香川県のベンチャー支援や国の補助金を有効に活用することができた。 「ものづくり」の事業化までは、「日銭稼ぎ」も必要である。 そこで短期的に収益を上げるために、これまでの経験を生かしたバイオマーカーの精製同定に関する委受託契約をサイファージェン社と結んだ。 その後、同社はバイオラッド社に買収されたが、事業は継続して順調に進むかに思われた。 だが、2008年3月、同社が受託事業から撤退することになった。 同社からバイオマーカー探索サービス受託事業の継承依頼があり、技術ノウハウ、人材、システムの一切を引き継いで現在に至っている。

「ものづくり」ベンチャーへ
事業計画は、市場性と将来性、かつ事業化の可能性とリスクのバランスを考えながら、自社の規模に見合った計画とすべきである。 そこで、以前から考えていた抗体医薬製造で使われるプロテインAの産業上有用な機能改変体の開発と事業化を「ものづくり」テーマとした。 抗体医薬は分子標的薬として最も注目される市場であるが、製造にはスタフィロコッカス由来の組換えプロテインAをリガンドとしたアフィニティゲル担体を使用している。 医薬品製造工程の効率化と厳密な管理を考えれば、アルカリ洗浄ができて抗体結合容量の高いゲル担体が望ましい。 さらに、製造コストを実用的なレベルに下げることも重要な要素である。 詳細は省略するが3年間の研究開発を経て、昨年、特許が成立した。 最終的な改変体Protein A-R28 の製造体制は整い、現在、ゲルメーカーへ供給できるところまできている。 また自社製品としてマウス・ラットの抗体精製用アフィニティゲル担体の販売も開始した。 事業としてはこれからまだ多くの困難はあるだろうが、世の中の役に立ち、喜んでもらえる「ものづくり」にこだわっていきたい。



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